みみみ

株式会社中国新聞社

2022 -

GOOD DESIGN AWARD 2024 BEST 100

老舗の地方新聞社が取り組む
デジタル世代に向けた価値創造の挑戦

株式会社中国新聞社(以下中国新聞)は、広島を中心に中国地方の報道を支える地方新聞社です。130年の歴史を持ち、報道から地域交流イベントまで幅広い領域で地域の暮らしを応援してきました。

近年は、ネットやSNSで簡単に情報を得られるようになった反面、内容の正確さを確認するのがますます困難になっています。そんな時代に生きる今の世代に対して、最も身近な新聞社である地方新聞社だからこそやれることが何かあるはず───それを一緒に探してほしいというご相談が、このプロジェクトのきっかけです。中国新聞の本質的な価値を見つめ直し、デジタル世代を対象に新たな価値を創造する挑戦を、広島の地で始めました。

フェンリルはサービスデザインのパートナーとしてプロジェクトに参画。サービスの企画から開発、プロモーションやグロース活動に至るまで幅広い取り組みを支援しています。

相談されたこと

  • 新聞を読んでいないデジタル世代との新しい接点を作りたい
  • 良い意味で新聞社らしくないサービスにしたい
  • サービスをどのように成長させるのかを一緒に考えてほしい

プロジェクトの内容

  • 中国新聞の持つ本質的な価値の再発見
  • デジタル世代のライフスタイルに合わせたニュースアプリ「みみみ」を開発
  • サービス成長の仕組み作りからプロモーションまで支援

新しい顧客層の開拓を目指して

中国新聞は発行部数約50万部を誇り、地域では知らない人はいない存在です。しかし購読者層の多くは中高年に偏っていました。そのためウェブ版の「中国新聞デジタル」やSNSを活用した「U35」の取り組み、地域イベントや就職活動の支援などを通して、若い世代の開拓を進めている状況でした。

デジタル世代とのコミュニケーションに苦心するのは中国新聞だけではありません。地域を支える多くの企業がデジタル世代と接点を持てず、新しい顧客層に価値を届けられない課題を抱えています。これまでと同じやり方ではデジタル世代との接点を持つことは難しく、かといってゼロから始めるのは効率的ではありません。

フェンリルは、企業の価値をユーザー視点で捉え直した上で、デジタルを活用して最大化することが重要だと考えています。今回のプロジェクトでも、中国新聞の価値とは何かを定義することから始めました。調査によってユーザー理解を深め、仮説に基づいてプロトタイプ検証を実施、ユーザーの受容性を確認しながら開発を進めました。

新しい世代に向けて
地方紙だからできることを考える

調査から見えてきたのは、若い世代が情報に溺れている状況です。スマホとSNSの普及で真偽不明な情報が爆発的に増えており、収集時は情報の信頼性をとても重視する傾向が見られました。そして彼らの最も信頼しているメディアが、実は新聞だということもわかりました。

このことから、デジタル世代にとって物質的な新聞ではなく、それを生み出す記者が持っている情報や知見にこそ価値があると考えました。中国新聞の強みはユーザーと記者が同じ街に住んでいることです。身の回りのニュースを入り口に、記者とつながり、情報との関わり方や視点を身につけていく。これまでにないニュース体験を実現できる可能性を感じました。

そうして考えたコンセプトが「こたえる新聞」です。「一方通行」「難しそう」といった新聞に対する先入観を捨ててもらい、ユーザーと同じ目線で伝え、一緒に考え、こたえるためのサービス。「みつける、みになる、みんなでつくる」それが「みみみ」です。

時間のないデジタル世代は、ビジュアル主体で手軽にニュースをチェックできます。記事を読んで疑問や感想が浮かんだら、他のユーザーや記者に質問することもできます。地域情報の中心にいる中国新聞だからこそできる、同じ目線でニュースを伝え、学びと交流につなげる取り組みです。

このサービスの狙いは、単に若い世代との接点を生み出すだけではなく、中国新聞が地域住民とどのように関わるかを検証することにあります。ユーザーと双方向の関係を持ち、意見やフィードバックを受け入れながら報道やサービスをアップデートする。読者と同じ街に住む記者がつくる、地方紙だからこそできる新しいニュースの届け方を「みみみ」を通して確かめます。

新しいニュース体験を目指す
こたえる新聞「みみみ」

新聞に親しみのないデジタル世代には、ただ新聞を読みやすくするだけでは使ってもらうのは難しい。かといって、奇抜にし過ぎれば信頼性が損なわれてしまう。そのため「こたえる新聞」というコンセプトを土台に、印象面では直感的な楽しさや心地良さを、実用面では読みやすさやわかりやすさを追求しました。

アプリの顔となる「コレだけ」の画面には、縦持ちを想定してニュース画像を大きくレイアウト。片手で手軽に操作できるよう、操作性やパフォーマンスを追求しました。また、一見大胆に思える配色も、アクセシビリティに配慮してAPCA*のコントラスト基準を採用。印象と可読性のバランスを確保しています。細かい文字をじっくり読むのではなく、ビジュアル主体で見て楽しめるようなニュース体験を目指しています。 *APCA(Advanced Perceptual Contrast Algorithm)は、デジタルコンテンツのアクセシビリティを向上させるために、より人間の視覚特性に基づいてコントラスト比を評価するアルゴリズムです。従来の方法よりも現実の使用状況における視認性を重視しています。WCAG 3で採用されることが検討されています。

しかし、特殊な表現を全面的に取り入れると煩雑な印象になり、制作コストが高くなります。そこで、全体を通しては各OSのガイドラインに準拠。ベゼルやタブを黒くして余計なノイズを減らす、余白を意識して文字組みを調整するといった工夫で、コンテンツに集中できることを意識してUIを設計しています。そこに絵文字表現を組み込むことで、コストを抑えながら現代的なコミュニケーションに近い表現を目指しました。

またアプリアイコンは、多くの案の中から、「みつける、みになる、みんなでつくる」という「みみみ」の名前にこめた多様性や共創への考え方を表現できるものを選びました。独自性や視認性、紙面を含めた他媒体への展開のしやすさなども考慮して試行錯誤を重ねました。手書きタッチの検討に関しては2380文字の中から最も良い「み」を選ぶなど、細部にまで工夫をこらしています。

アプリを使った時の印象との一貫性を大切にしながら、スマホ画面でみた時にもパッと見つかるよう、わかりやすさとユニークさを両立したデザインに仕上げました。

デジタル世代はそれぞれが自分なりのやり方でアプリを楽しみます。そのため「みみみ」の設計に当たっては、ユーザーが自分のスタイルに合わせて柔軟な使い方ができるよう、機能や表現に幅を持たせています。相反する要素をコンセプトを土台に丁寧に組み上げた結果、全体を通して見ると一貫性のある体験を提供できるようになりました。

老舗企業が本気で取り組む
デジタル世代との共創関係

良い体験を生み出すためには、プロダクトを良くすればいいだけではありません。プロダクトを育てるための組織作りや運用方法の検討、ユーザーとのコミュニケーションなど、あらゆる視点で総合的に考える必要があります。

今回のサービスはユーザーと中国新聞を新しい形でつなげるものです。ここで魅力的な体験を生み出すためには、記者さんや編集さんをはじめとする多くの方の協力が必要でした。プロジェクトの節目ごとに意見交換やフィードバックをいただきつつ、細かな運用やコミュニケーション方針の議論にも参加しながらプロジェクトを進めました。

またリリース前には二社共同で中国新聞の社内向け説明会を開催し、サービスの意義や開発意図、これからの展望などを共有しました。当日は会場とライブ配信の視聴を含めて約400名の社員が参加し、質疑応答では熱い議論が交わされる場面もありました。

開催後は「すごく良かったよ、応援しているよ」と声を掛けていただくことも増え、リリースへの機運を高めていくところまで関わることができました。

ユーザーとのコミュニケーションは、まずは「みみみ」の認知を高めることを目標に定めて、SNS広告と交通広告を中心とした広告キャンペーンを計画しました。

SNS広告は、デジタルネイティブ世代の利用時間の多さとターゲティング精度の高さから、Instagramで動画広告を配信することに決めました。しかしユーザーとの親和性が高いメディアとはいえ、フィードに流れる広告はまず見られません。そこで少しでもスクロールする指をとめてもらえるよう、広告表現はユニークさを重視したアイデアを検討しました。ひらがなの「み」が生き生きと動くモーショングラフィック案と「みみみ」のスタンスやベネフィットを語るコピー案の2方向で、合わせて30種類以上のバリエーションを制作しました。

交通広告で最も大胆なものは、広島市内を走る路面電車を1編成まるごとジャックした電車広告です。中吊りや窓上や吊り革など掲出場所によってコピーを使い分け、25種類もの多彩な切り口で、通勤・通学中の若い世代に向けて「みみみ」を訴求しました。他にも市内中心部のバス停や商業施設にもポスターを掲出。キャンペーンの受け口となるウェブサイトとアプリストアでも統一したメッセージを用意し、認知から利用までの導線を整えました。

デジタルとフィジカル、さまざまなタッチポイントを組み合わせたこの施策は、キャンペーンの開始3日間で、施策をおこなわない1日あたりの平均値と比べて2.3倍のウェブサイト訪問数、7.1倍のアプリダウンロード数を獲得することに成功しました。

良い体験を生み出すために必要なことは何か。プロジェクトのスタート地点で、フェンリルはいつも見つめ直します。まず、ユーザーやチーム、パートナーや決裁者など、あらゆるステークホルダーと良好な共創関係を築く。そのためには、社内外あらゆるタッチポイント(企画書、設計書、アプリ、広告など)で一貫したメッセージを伝える。今回のプロジェクトでも同じ姿勢を貫き、それぞれの取り組みや制作物がどのように「こたえる新聞」を実現するのかを伝えながら進めました。

中国新聞は、伝えた内容を常に心を開いて聞いてくださいました。徹底的に意見をぶつけ合い、議論を重ねた結果、お互いが目指すものを体験に落とし込むことに成功。中国新聞とデジタル世代との共創への第一歩を支援することができました。

今後の展開

アプリのリリースは、中国新聞が若者と新しい関係を築くための第一歩に過ぎません。ユーザーの期待にこたえ、デジタル世代に新しいニュース体験を届ける挑戦はこれからです。リリース後もフェンリルは、サービスデザインのパートナーとして貢献できればと考えています。

グッドデザイン・ベスト100受賞

審査員によるコメント

本アプリは、伝統的なジャーナリズムとデジタルネイティブ世代をつなぐ大胆で革新的な架け橋となっている。サービスデザインと人間中心設計(HCD)を統合することにより、若いユーザーの進化するニーズを満たし、重要な情報リテラシーを育成し、誤情報と闘う。ジャーナリストと直接対話できる「イドバタ」機能は、透明性と地域のコ・クリエーションへのコミットメントを体現している。視覚に訴える「コレだけ」機能を含む直感的でユーザー中心のデザインにより、ユーザーは確実に関与し、情報を得ることができる。このアプリは情報倫理への理解を深め、市民の参加を促し、偏りのない洞察力を提供しており、既存の業界に新しい価値を創造するデザインの力を示している。

制作スタッフ

プロダクト

エンゲージメント

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