多くの企業が、ビジネスの変革を目指してAI技術の導入を検討しています。しかし、AIを導入したものの、十分に活用できていないという課題もよく耳にします。
本記事では、ビジネスのスピードアップを実現するためのAI活用方法について解説。特定の業界や業務に特化した高精度な推論を可能にするオープンソースフレームワーク「OpenSSA」に焦点を当て、日本企業のAI活用の現状を踏まえ、OpenSSAを活用した新たな可能性を探ります。
ビジネス革新とAI
急速に変化するビジネス環境の中で、AIの可能性がますます注目されています。企業内でも「AIがどのような変革をもたらすのか」という議論がされているのではないでしょうか。
こうした議論を進める際に重要なのは、AIを「ツール」または「手段」として捉える視点です。AIの導入が目的化すると、本来のビジネス目標を達成する手段として機能しなくなる恐れがあります。本記事では、AIを正しく活用し、ビジネスを加速させる方法について解説します。
議論を可視化する「グラフィックレコード」
本題に入る前に、AI活用の議論を進める上でのテクニックをご紹介したいと思います。
技術活用に関する議論では、組織内での意見の食い違いや認識のズレが課題になることがあります。これはAI活用の話に限ったことではありませんが、合意形成に向かって議論する際におすすめなのが「グラフィックレコード」です。
グラフィックレコードは、議論の内容を視覚的に整理し、共通認識を生み出すための手法です。皆さんもMiroやCacoo、Figmaなどのホワイトボードツールに触れる機会が増えてきていると思います。オンラインのツールには限りませんが、絵や図を共有しながら進めることで議論をより深めることができます。
例えば、AI活用をテーマにした議論では、どの業務領域に適用すべきか明確化するのは容易ではありません。合意形成のスピードが鈍化する背景には、このような認識の不一致があるため、PoC地獄(検証が目的化する状態)に陥るケースも多いのです。
グラフィックレコードは、こうした課題を解消する有効な手段です。詳しい方法は関連書籍(※)を参考にしてみてください。
AI活用の現状と「目的と手段の逆転」
冒頭で触れたように、「AI活用そのものを目的とする」という、いわゆる「目的と手段の逆転」が起きていないでしょうか。AIは本来、ビジネス課題を解決し、価値を創出するためのツールであり、活用自体が目的化するのは本末転倒です。
特に懸念されるのが、検証段階のPoCが増えすぎて成果に結び付かない「PoC地獄」の問題です。確かにPoCは重要なプロセスですが、ビジネスにどのような本質的な影響を与えるのかという視点を失ってはいけません。PoCを実行する際には、明確なゴールと価値を定義することが欠かせません。
AIは、業務のスピードアップだけでなく、意思決定の質を向上させる役割も果たします。「自動化」というのはAI活用の主要なキーワードのひとつですが、業務プロセスの効率化にとどまらず、意思決定の支援やプロジェクト計画の戦略策定にも大いに貢献します。
例えば、製造業ではAIを用いて生産ラインの稼働データを解析し、異常検知や生産性向上を自動化する取り組みが進んでいます。また、金融業界ではAIがリスク管理や市場分析に活用され、迅速かつ的確な意思決定を可能にしています。
これらは、AIが単なるツール以上の役割を果たしている好例です。
AIは効率化や自動化だけでなく、意思決定を支援し、ビジネスの変革を加速させる可能性を秘めています。しかし、それを実現するためには、「AIを使うこと」を目的化せず、明確な課題解決のビジョンを持つことが重要です。
一方で、AI活用には課題も存在します。
従来の生成AIは、一般的な知識を基に単純な推論や応答が得意ですが、高度な推論や専門性の高い業務には対応しきれないことがあります。こうした課題に対処するには、AIを業界や業務に特化させ、より精度の高いシステムを構築する必要があります。
フレームワーク「OpenSSA」とは
前述の課題を解決するために開発されたのが、AITOMATIC社と共同開発しているオープンソースフレームワーク「OpenSSA」です。
OpenSSAは、業界や業務ごとに特化した高精度な推論を実現し、企業の知見をAIに組み込むことを可能にします。フェンリルはAITOMATIC社と連携し、私たちが強みとしているUX/UI領域において、ソフトウェア開発のビジネス効率向上に取り組んでいます。
OpenSSAと従来の生成AIとの違い
従来の生成AI、特に一般的なLLM(大規模言語モデル)では、インターネット上のデータや公開された文書を学習し、その知識を基にシンプルな回答を提供します。
例えば、チャットボットに質問を投げかけると、あらかじめ学習した一般的な情報に基づく回答が得られる仕組みです。
しかし、このアプローチには限界があります。一般的なLLMは特定の業界や企業固有の知識を持たないため、専門性の高いタスクや業務における精度の高い対応が難しい場合があります。
一方OpenSSAは、小規模専門エージェント(SSAs)を構築し、その中に企業が蓄積した独自の知識やノウハウを結晶化して活用することを目的に設計されています。

ビジネスの効率化を実現するOpenSSAの仕組み
これにより、一般的なLLMが対応できないような、業界特化型や業務特化型の課題解決を可能にします。
OpenSSAの具体例:郷土料理のレシピ提案
OpenSSAの特徴を理解するために、日本の郷土料理を題材とした具体例を考えてみましょう。
「塩分量」や「野菜の総量」といった条件を満たしながら、郷土料理のレシピから3品を組み合わせるタスクを設定します。例えば、「塩分総量を低く抑え、野菜を多く使った健康的な献立を提案する」といったリクエストです。

自問自答を繰り返して最良の回答を提供するOpenSSA
OpenSSAは、このリクエストに対して単に条件を満たす答えを返すだけではありません。その過程で新たな「問い」を生成し、回答の精度を高めるための自問自答を行います。例えば、以下のような問いを内部で生成します。
「減塩に適した食材や調理法は何か?」
「成人の1日の推奨塩分摂取量はどのくらいか?」
「使用可能な野菜の種類とその栄養価は?」
OpenSSAは、解答の精度を高めるために自問自答し、最適な回答を導き出します。
例えば、提案される献立には「低塩味噌を使った野菜たっぷりの味噌汁」や「蒸し野菜のヘルシーサラダ」といった選択肢が含まれるかもしれません。
OpenSSAは、答えを出すための「問い」を内部で生成し、それに基づいて最良の回答を導き出します。このプロセスを通じて、オーダーに対してより良い結果を提供することが可能です。
この自問自答こそがOpenSSAです。
単なる生成AIとは異なり、OpenSSAは特定の業務やタスクに特化した判断力を持つフレームワークです。これにより、計算を伴う複雑なタスクや、高度な推論が求められる場面でも高い精度で対応できます。
OpenSSAの導入例:機器メンテナンスの効率化
多様な機器を保有する企業では、機器メンテナンス用のマニュアルが大量に存在し、それに加えて熟練のエキスパートの知識が必要です。しかし、人によってメンテナンスの精度に差が生じるという課題がしばしば発生します。
この課題に対し、OpenSSAは定量データ(例えば機器の動作ログやエラーコード)と定性データ(エンジニアの経験やマニュアルに記載された手順)を統合することで、解決を図ります。OpenSSAを活用したシステムでは、これらのデータを基に、状況に応じた最適な対応策をリアルタイムで提案します。
フェンリルはOpenSSAを活用し、エンジニアが持つ経験や勘、トラブル対応のスキルをマニュアルと統合し、必要な回答を迅速に提供する役割を担うAIバーチャルアドバイザーを開発しました。これにより、経験の浅いスタッフでも熟練者に近い精度でメンテナンスを実施することを可能にし、業務の均質化と効率化を目指しました。

業務の均質化と効率化を可能にするAIバーチャルアドバイザーの仕組み
今後は、知識ベースの拡充、リアルタイムデータの連携、そして高度なインサイトの提供を可能にし、従来の反応的な対応から、予測的でプロアクティブなメンテナンスへの移行を進めたいと考えています。
OpenSSAの活用は、機器メンテナンスに留まりません。医療や法律、金融業界など高度な専門性が求められる分野での活用が期待されています。
専門性の高い会話が可能なAIエージェント「JURAC」
企業内でAIを導入する際、チャットボットを検討するケースも増えているかと思います。OpenSSAの活用に関連して、フェンリルが開発した生成AIエージェント「JURAC」をご紹介します。
JURACは、Microsoft TeamsやSlack、LINEなど、企業が日常的に使用するツールと統合できるAIエージェントです。
バックエンドにはOpenSSAを活用し、GPTやGoogle Geminiなどの汎用LLMと連携しています。これにより、専門性の高い会話や精度の高い情報提供が可能です。
JURACの最大の特長は、ユーザーが普段使い慣れた環境で利用できる点です。

専門性の高い会話を実現するJURACの構成要素
アプリの追加は不要で、既存の業務ツール内でAI機能を活用できます。また、ナレッジ共有やプロジェクト管理、FAQ対応といった複雑な課題に対応することで、業務の効率化と迅速な意思決定を支援します。
例えば、従業員が「新しいプロジェクトの進行フローは?」と質問した場合、関連する社内資料や過去の事例を基に適切な回答を提示します。さらに、JURACは高いセキュリティ性とプライバシー保護を備えており、機密性の高い業務でも安心して利用できます。
JURACは、AIの可能性を最大限に引き出し、企業の成長を力強く支えるパートナーとして活用することができます。
より良いAI活用のために
ビジネスの現場で、AIは今や欠かせない存在です。
しかし、AIを単に効率化や正確な結論を導くためのツールとしてのみ活用していては、その可能性を十分に引き出すことはできません。AIを人の能力を補完し、創造性を引き出すパートナーと捉え、人とAIが協力しながら新しい価値を創り出す環境を実現することが私たちの目指す方向です。
これからも、AI活用においてUX(ユーザー体験)を最優先に考え、人がより良く、楽しく働ける未来を切り開いていきます。AIと共に、次世代のビジネス環境を創造し、より豊かな社会の実現を目指します。

本記事の執筆者|前垣内 健太郎
クラウドネイティブ技術部 部長
2014年フェンリルに入社。官公庁向けのシステム開発経験を生かし、プロジェクトマネジメントと組織マネジメントに携わる。2020年にクラウド事業推進準備室室長に就任。2024年にはクラウドネイティブ技術部部門長兼OpenSSA日本コミュニティリーダーを務め、金融・製造業向けコンサルティングと人工知能技術の革新を推進している。
参考書籍
※『Graphic Recorder 議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書』清水淳子(2017)