ユーザーリサーチ、その前に。

お客様の課題に合わせてさまざまなセミナーで情報を発信してきたフェンリル。今回は関心が高かったセミナーの一つを『ナレッジ』でお届けします。

ユーザーが抱えている課題を推測しても、そのインサイトをつかむためには適切な調査が有用です。ユーザーのインサイトをどのように捉えてアプリ開発に生かすか。UXコンサルタントが事例を交えて解説します。

ユーザーリサーチっていつやるの?

企業はユーザーの悩みに対し自社の強みを生かした画期的なサービスを提供しようと日々奮闘しています。フェンリルは、ユーザーの顕在的ニーズだけでなく、潜在的ニーズを汲み取り「使いやすい」と感じていただけるユーザー体験(以下、UXと記載)を提供してきました。「本当に使いたい」プロダクトのために、ユーザーと対話しながら開発を進めています。

最近では、UX改善のためにユーザーのニーズを理解するリサーチ方法が分からないといった相談を受けることがあります。話を聞いてみると、クライアントが独自にユーザーリサーチをしたとしても、「企画に役立たない意見ばかりだった」「ユーザーの要望通りにサービスを見直したはずなのに反応が悪い」といった課題を多く抱えていることが分かりました。そして「ユーザーリサーチなんてやる意味がない」と考えている企業も少なくありません。

見落としがちなのは、リサーチの「先」が見えていないことです。 ユーザーリサーチはより良いUXを提供するのに有用な調査ですが、いつの間にか調査そのものがゴールになっていることがあります。漠然と「アプリを改良したい」と考えて調査をするのではなく、ユーザーの行動やインサイトを理解した上で、アプリを開発するのが本当に有用なのかを判断する必要があります。

ユーザーリサーチを正しく効果的に進めるためには、計画が大切です。「何のためにやるのか」「どんなデータが欲しいのか」「どんな方法で調べるのか」を丁寧に設計するのが成功の鍵です。


出所:サトウ・春日ほか(2019)、大谷(2019)を参考にナレッジ編集部が作成(※1・※2)

ユーザーリサーチの実践例

実際のリサーチ方法について、事例に当てはめて見ていきましょう。
食品会社A社ではマーケティングを担当する部署より「食とコミュニケーションをテーマにしたアプリを出したい」との要望がありました。現場の担当者は「食品業界に精通しているものの、アプリを使ってユーザーとどのようにコミュニケーションを取れればよいのかが分からない」ことが課題でした。そこで、ターゲットをどのような人に設定すればよいかを明らかにするため、ユーザーリサーチを進めることになりました。

課題を想像する

まずユーザーの特徴と、抱えている課題を想像する必要があります。例えば、一人暮らしで自炊をほぼしない人なら、「食事がルーティン化している」「いつも同じようなメニューで飽きた」「違うものを食べたいけど、食べたいものが思い付かない」など、ライフスタイルや行動を想像しながら特徴を洗い出し、ユーザーの課題を考えます。注意すべき点は、予想を確かなものだと捉えてしまい、現実味のないユーザー像を作り出してしまうこと。ペルソナとサービスの間に乖離が生じかねません。想像には限界があることを理解した上で、リサーチで何を明らかにしたいのか決めていきます。

一度リサーチをしてからユーザーの特徴や課題について仮説を立て、もう一度リサーチして仮説を検証したり、さらに課題を深掘りしたりする進め方が確実ですが、リサーチをそう何度もできる環境は多くないでしょう。
サービスを考える際、「こういうユーザーがいるのではないか」と予想したことがある方は多くいるのではないでしょうか。仮説を立てるためのインタビューが実施できない場合は、チーム内でユーザーの特徴や課題を想像してみましょう。

例えば先ほどの「一人暮らしで自炊をほぼしない」特徴を持つユーザー。このユーザーはどんな課題を抱えているでしょうか。「食事がルーティン化していて、飽きた」「違うものを食べたいけど、何を食べたらいいか思い付かない」のが課題でした。ほかにも「自炊が苦でない」ユーザーは、「献立のレパートリーを増やせていない」といった課題が考えられます。この工程では、できるだけいろいろな想像をしてみるようにします。周囲の同僚や知人に話を聞いたり、スーパーで買い物をする方を観察してみたりしてもよいでしょう。
課題を想像しているうちに、「なぜこの課題を抱えているんだろう?」「一人暮らしで自炊しない人が、食事のことを考えるのはいつ? お腹が空いたとき? ほかにあるかな?」など、疑問が湧いてきます。疑問は無理に想像で埋めなくても構いません。「分からないこと」が、リサーチの道標になるからです。

ゴールを決める

次に、「誰にどんな価値を届けるのか」を明らかにするためのゴールを設定します。ターゲット像の設定やユーザーが抱える課題、インサイトを理解することで、検討しているサービスが、ユーザーに求められるものなのかを理解できるでしょう。

課題を想像していて疑問が出てきたら、リサーチのゴールを決めてみましょう。分からないことは何ですか?
「リサーチの結果を何に生かしたいか」「このリサーチでどんなことを知りたいか」をしっかり言語化しましょう。
たとえば、先ほどのケーススタディでは、「リサーチの結果を、食でコミュニケーションを取るアプリの企画に生かしたい」「自炊をあまりしない人の食事に関する行動や、考え方を知りたい」といったゴールが考えられます。
または、「アプリを作ったら、いつどんなときに使われるか予想したい」ので、「自炊をする人が課題に感じることがいつ・どんなときに起こるのか、背景となる情報を知りたい」かもしれません。

何を得るか考える

ゴールを定めたら、明らかにしたい情報に関するデータをどのように収集するのか考えます。適切な質問と手法を選択することでサービスの質を上げるヒントが見えてきます。想定したターゲット像が存在するか、課題だと感じているものは何なのかなど、仮説と実際の答えを確認します。

ゴールが決まれば、次はそこまでの道のりです。
目的を達成するために、どんなデータがあればよいでしょうか?
先ほど考えた「自炊をあまりしない人の食事に関する行動や、考え方を知りたい」をゴールとすると、属性や価値観、食行動(外食か自炊かなど)の特徴、利用している関連サービスなどが有用な情報になるかもしれません。 「自炊をしている人の課題がいつ・どんなときに起こるのか、背景となる情報を知りたい」のであれば、課題の内容や、課題を取り巻く一連の行動や場面、いまどんなふうに課題に対処しているのかを、時系列に沿ったデータとして得られれば活用しやすいでしょう。

調査手法を決める

欲しい情報を取得するには、適切な調査手法を選択しなければなりません。例えば、ユーザーの現状や課題を知りたければ、量的なデータよりも質的な(言葉の)データを得ることで、インサイトにたどり着けるかもしれません。
調査手法の代表的なものにインタビュー調査や質問調査、ユーザビリティテストなどがあります。
今回の例でも、複数の手法を取り得るでしょう。時系列でユーザーの行動を詳しく知りたい場合や、背景を調べる場合にはインタビューをするのが手っ取り早く豊富なデータを得られます。一方、自炊をしない人の中で、考え方によって分類をしたいのであれば、質問紙調査をしてみてもよいでしょう。

調査手法について知りたい方は、バックナンバーの『市場のニーズを先読みする企画開発』 をご覧ください。


『1からのマーケティング分析』恩蔵直人・冨田健司(2011)を参考にナレッジ編集部が作成
今回の事例では、言葉のデータを取得するためにインタビュー調査を選択しました。

調査手法を決める

調査手法を決めたら、いよいよ調査フェーズに入ります。自炊の頻度や外食の頻度、料理をする時に使うサービスなどで属性を絞り、ユーザーの特徴に沿う人たちの中から、リサーチの参加者を選定します。

また、知りたいことに合わせた質問も準備します。ユーザーが夕食を作る際の課題を明らかにしたい場合、「夕食の献立を決めるのはいつですか?」「献立を決めてから作り始めるまでにすることがあれば教えてください」など、どのシーンで何を考えて、どう動くのか、動線を丁寧に捉えます。

質問を考えるときに一番気を付けなければいけないのは、誘導しないようにすることです。「一般的には◯◯ですが……」のような枕ことばを付けてしまうと、回答者がそれに誘導される場合があります。また、具体的なエピソードを尋ねる際「いつもどうしていますか?」よりも、「最近どうしましたか?」といった、具体的な経験を引き出す言葉(いつ、誰が、何を、どうやって)を付けて質問することをおすすめします。さらに、インタビュー調査の場合は、参加者の回答によって臨機応変に深掘りします。全く予想していなかった返答に、うろたえてしまうかもしれません。しかし、これはチャンスです。想像を超えるコメントが出ることこそ、リサーチの面白さです。

結果を分析

調査データが取得できたら、情報を整理して俯瞰します。分析の際に大切なのはデータの背景を読み解くことです。どういう経緯で参加者はそう回答したのか。個人の回答から、参加者の共通点や相違点を整理します。
分析手法はKJ法、SCAT分析、GTAなどがあります。質問紙調査も知りたいことに合わせたさまざまな手法があります。本記事では詳しく扱いませんが、巻末に参考図書を添付しますので、ご興味があればぜひ参考にされてください(※3)。

Howは後、Whyから始める

このように、リサーチで大切なのは緻密に設計し実行、分析することです。何のためにリサーチをするのか、どんなデータが欲しいかを考えて適切な調査手法や質問項目を設計します。

フェンリルには、アプリやサービスを開発する前から課題を整理するリサーチャーや、データを活用するマーケターなど、さまざまな職種のメンバーが在籍しています。開発フェーズに合わせて適切な調査方法をご提案します。

「具体的にどのように進めたらよいのか分からない」など、ご相談内容に合わせた提案もしていますので、気軽にお問い合わせ ください。

本記事の執筆者|大西 まどか
フェンリル株式会社 デザインセンター SD部 UXコンサルタント
人間中心設計思考に基づいたウェブサービスの開発や研究・調査コンサルティングに従事。2021年にフェンリルに入社し、主に新規サービスの受容性評価やユーザーリサーチを担当している。博士(生涯人間科学)、HCD-Net認定人間中心設計スペシャリスト。




参考書籍
※1. 『質的研究法マッピング』サトウタツヤ・春日秀朗・神崎真実(2019)
※2. 『質的研究の考え方―研究方法論からSCATによる分析まで―』大谷尚(2019)
※3. 『人間中心設計におけるユーザー調査』黒須正明・橋爪絢子(2021)

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