セミナーなどを通し、フロー型の情報発信を行ってきたフェンリル。今年から『ナレッジ』というストック型の情報発信をはじめます。「企業活動やパーパスを“自分たちの言葉”できちんと伝えていきたい」「読んでくださった方々には、フェンリルに何かしらの共感をもってもらいたい」そのような熱い想いで『ナレッジ』をお届けしていきます。
今回は、日本マクドナルドやアップルジャパンのマーケティングディレクターとして、ブランド再生や企業イメージの刷新に取り組んでこられた、河南順一さんをゲストにお迎えしました。
フェンリルのスタッフと対談し、「オウンドメディアの役割」や「フェンリルが取り組む動機」をきちんと言語化する。それが、この対談をお届けする目的です。
結局のところ、オウンドメディアって必要ですか?
「いまさら新しいオウンドメディアを立ち上げるの?」と言われそうで、気恥ずかしさもあります。企業にとってオウンドメディアは、やはり必要なのでしょうか?
河南順一さん(以下、河南)
特にこの10年ぐらいの流れのなかで、マーケティングも顧客とのコミュニケーションのとり方も、マスからパーソナライズする方向へ移ってきたこともあり、オウンドメディアの重要性は高まっていると思います。
製品やサービスを使うユーザーの「価値観」や「消費行動」がどんどん多様化していますし、なによりも、テクノロジーが進化してライフスタイルが変わったことが大きいですね。つまり、コミュニケーションにおける大規模な行動変容が起きた。スマホなどの新しいデバイスの利用がイノベーションを加速させ、結果としてパーソナライズ化を後押しする形になりました。
では、メディアの変容はというと、既存のメディアでも発信する内容に「きちんと中身があること」が重要視されるようになりましたね。読み手に深く刺さり、そこに深く共感してもらうには、他のメディアよりもオウンドメディアで展開していくのが一番効果的だと思います。
嶋田 フェンリルは今まで、他のメディアからストック型の発信を続けてきましたが、内容が分散してしまい、フェンリルの本来もつ魅力を「面」でお伝えすることができていなかった。今後は、こちらの『ナレッジ』に発信する情報を統合し、「点」や「線」ではなく、「面」でフェンリルの強みや特徴、作り手のこだわりなどをお伝えしていきたいと考えています。
坪内 ブログ型のメディアでは、「個人という立場」からデザイナーが発信を続けています。フェンリルを退職したとしても、「自分のモノとして持っておいてください」という気持ちで、記事を書いてもらってます。ですので、「会社として発信する」という感覚で作ってきたものではなかったんですね。
河南 「個人」と「会社」の発信は、もちろん別物ではあるんですけれども、リンクさせることが重要だと考えます。会社の人の「顔が見えるコミュニケーション」は、今の時代において、特に求められています。企業としてコミュニケーションする場合でも、例えば「◯◯さんが発信すると、いつも読み手に響くよね!」といった、個の存在感が際立つということは、実はとても重要なんですね。
河南 順一
同志社大学大学院ビジネス研究科 教授
同志社大学商学部卒業、アリゾナ州立大学W.P. Carey School of Business MBA修了。アップルでは”Think different”を掲げたブランド戦略の展開、マクドナルドではCEOコミュニケーションの一新を担うなど、ブランド再生や企業イメージの刷新を牽引してきた。
見えないからこそ「人間味」と「正直さ」を出していく
フェンリルが『ナレッジ』で伝えたいことは、どのようなことでしょうか?
嶋田
国内と海外で、コーポレートサイトにおける考え方や制作の違いについて調査したことがあるのですが、国内は大企業であるほど製品中心の情報発信という傾向が強かったんですね。
一方で、海外のサイトでは、先ず「ヒト」ありきで、読み手に語りかけているものが多かった。
フェンリルでは、人間中心のアプローチを重視しながらデザインや開発を行っていますが、今後はプロダクトだけでなく、読み手や顧客とのコミュニケーションにおいても、「ヒト」中心となるようにマインドセットを変えるべきだと思っています。
河南
フェンリルさんは、UIやUXなどを開発プロセスのなかで重視していらっしゃるので、人間的なものが中心にくるコミュニケーションが重要になってきますよね。
製品や技術を語るシーンでも、「作り手の顔が見える」ことや「ユーザーのライフスタイルまで見える」というような表現の仕方が考えられますね。
動画や音楽を含めて、どこに、どうやって配置したら、ヒトの存在やライフスタイルが感じ取れるのか?スマートかつ現代的な表現が、フェンリルさんの価値観と合っていると感じます。
坪内 顧客の製品やサービスを作る共同開発事業では、製品を利用するエンドユーザーの方々に私たちの人間性や思いを直接伝えることはできません。そこが、フェンリル自体のブランディングに影響していると感じています。意思やフィロソフィを持ってデザイン・開発をしても、クライアントのマーケティングの仕方によっては、エンドユーザーには届かないことも多い。ですので、作り手の内面をもっと見せていくべきだと思うんですね。自社開発事業よりもさらにその努力は必要かと。
嶋田
『ナレッジ』は自己開示だと思っています。パーパスなどの存在意義は企業としてもちろん大切なのですが、その前に私たちは「自己紹介がきちんとできていない」のではないか?と。
今までは外部に対して「フェンリルのこと気づいてよ!」というスタンスだったんですね。
ですので、先ず知ってもらうことが大切だし、そこからはじめたいと思っています。
嶋田 時久
フェンリル株式会社 取締役/最高グロース&イノベーション責任者
マッキャンエリクソンで、外資系企業のマーケティング・戦略立案・プロジェクトマネジメントを経験した後、マッキャンエリクソン台湾に赴任。帰国後は、営業統括本部長、取締役大阪支社長を歴任。2019年にフェンリルへ移り、事業戦略や中国事業の立ち上げを牽引している。
『ナレッジ』でフェンリルの内面を伝えていこうと思いますが、
ペイドメディアでもそれは可能でしょうか?
河南
ペイドメディアだと、与えられたスペースで展開できますが、それが表現的に邪魔されたり埋もれたりということが起こりやすいんですね。最近は、広告なのか記事なのか分からないものがありますよね。ユーザーを意図的に間違えさせて、広告をクリックするように作られている。デザインやUIの観点からすると非常にカオスな状況になっている。
その中に表現したいメッセージを入れても、表現しきれない。ブランドを大切するのならば、インターフェースはもちろん、ユーザーが見たいと思った時に表示されるようにしないと逆効果になってしまう。
オウンドメディアの良いところは、それらをコントロールできるし、自分たちが伝えたい世界観のなかで「正直」に展開できることは、オウンドメディアの利点ですね。
坪内 ちょうど、フェンリルのCDOと「企業はもっと、正直にならなければならない」という話をしていたところだったんです。ユーザーの理想からかけ離れた体験を作ることは、短期的に見たら作り手の得になるかもしれません。ですが、長期的に見た場合、エンゲージメントを失うので大きな損だと思いますね。
河南
アップルの広告制作では、「存在感」と「インパクト」を出すということが最大のポイントでした。
インパクトを出すというのは、派手さを強調するということではありません。例えば秋葉原で看板が所狭しと並んでいるなかで、そこに広告を出しても認知されないですよね?
そこに、メッセージも何も無い、凛とした美しいクリエイティブを配置してみる。周りがごちゃごちゃしているからこそ、静かな空間が際立つというようなことを考えて作ってきました。
まさに、坪内さんが仰った「正直さで際立つ」という考え方と一致していますね。
坪内 陽佑
フェンリル株式会社 デザインセンター 副センター長
ダブルクリック、サイバーコミュニケーションズを経て、フェンリルに入社。フェンリルでは、デザイン部門のマネジメントを行うとともに、サービスデザインの考え方を軸に、さまざまなプロジェクトにおける価値の総和を増大させるべく活動中。HCD-Net認定人間中心設計専門家。
プロダクトに込めた想いを、もっと表出する
顧客やユーザーと接するタッチポイントにおいて、大切にしなければならないポイントはありますか?
河南
「体験」と「エモーション」が、ユーザーの頭の中でどのように繋がるのか?が大切になります。
アップルの“Think different”を掲げたブランド戦略の展開では、まだカスタマージャーニーなどの概念や手法は一般的ではありませんでした。でも、顧客とのあらゆる接点において「テクノロジーの新しい体験をしっかり感じられるかどうか」という大事な部分を、アップルのスタッフは意識していましたね。
タッチポイントって作り手側が考えたものだけではないと思うんですよ。
例えば、家族の会話のなかで「マクドナルドに行きたい!」と、テンションが上がることも、ブランド体験ではないかと。自宅にマクドナルドの広告や製品が置いてあるわけじゃないけれど、ハッピーというエモーションが感じられるというのも、実は大事なタッチポイントではないかと思うんですね。
外部環境の目まぐるしい変化や市場における競争を考えると、
フェンリルも色々な面で変化する時なのでしょうか?
坪内
フェンリルは、『Sleipnir』というブラウザからはじまりました。このブラウザは、上級者向けでしたが、上級者しか使えないプロダクトではなかった。上級者の欲求を満たしつつ、上級者が初心者に教えてあげるというタッチポイントも含めて顧客体験を考えていました。「2ちゃんねる」にテスト版を投稿したり、ユーザーが作ってくれたWikiを公式にしたりと、ユーザーと一緒に作り上げていくという感覚が、とても強かったんですね。『Sleipnir』の顧客体験が、そのままフェンリルというブランドにつながっていました。
現在の共同開発事業においては、エンドユーザーではなく、クライアントとのコミュニケーションが中心です。クライアントと一緒に作ったアプリを、私たちが私たちの製品として直接宣伝することはありません。ですので、私たちが普段から大事にしているデザイン哲学などのこだわりが、製品を通じて認知される機会を得ることはあまり多くないんですね。
本来なら、もっと語っていかなければならないのに、これまでなかなか手がつけられなかった。
ソフトウェアに限らず、ユーザーとのコミュニケーションを重視したモノづくりをしているということを発信し、「なるほど、そういう会社だったのか!」と気づいてもらいたい。
まさに、この『ナレッジ』がそれを語る場になると思います。
嶋田 これまでも、制作実績などを通じて自己紹介をしてきましたが、そこに至るまでの考え方や苦労などを、お伝えしきれていなかった部分があります。プロダクトに込めた想いを、もっと正直にお届けしていきたい。それをお伝えする場として、オウンドメディアがどうしても必要だったんですね。
後編に続きます。